2012年1月8日日曜日

原子力発電所はやめませんか

僕は、大学生の頃から原発反対を貫いている。理由はいくつかあるが、最大の理由は日本の電力を何とかしようという高邁な精神で原発が建設されているのではなく、利権の塊であることが許せないからである。札束で頬を叩くようにして土地を確保し、補助金で自治体の首を立てに振らせる。原子力安全委員の班目春樹氏などは業界から寄付金をもらって業界擁護の発言を続けてきたし、原発を推進する政治家だって政治資金を原子力発電所建設で利益を上げる各企業から多大な献金を受け取ってきた。東京電力の引き起こした原子力発電所のシビアアクシデントをきっかけにして、こうした原子力発電をめぐる利権の構造が明らかになってきたのは良いことだと思う。こうして世論の多くは脱原発に向かって動き出しているように見える。

「原子力発電をやめよ」というと、電力不足をどうするのか、このままいくと電気料金が上がって製造業は海外に移転するというような反論が必ず出てくる。確かに今年の夏、節電、節電で暑くて閉口したが、振り返ってみれば、計画停電は実施されたけれど、大規模停電が起こるというようこともなく何となく何とかなった。要するに原発がなくても夏を乗り切ったと評価して良いのではないか。その事実が原発推進派からの反論に答えているといえる。

今後の電力政策としては、風力発電、波動発電、地熱発電、太陽光発電などの自然エネルギーの活用が、日本をとりまく環境からも十分実用可能だと思っており、また、すでに日本にはそれらの技術が蓄積されている。森島実郎氏あたりが技術立国という立場を守るためにも原発を手放すな、というようなことを発言しているが、人間が住み続けることができる世の中を後世に残すということを考えた場合、自然エネルギー分野で世界をリードする技術を完成させることこそ技術立国日本の面目躍如といえるのではないか。

もっと重要な問題は、原子力エネルギーの危うさである。放射線は人間にはコントロールできない。しかも目に見えない。僅かな放射線被曝でも、じわじわと人の細胞を傷つけ、何年か経つと癌などの病気を発症し人の命を奪う。

原子力発電に使ったウラン燃料の燃えカスの処理も大きな問題だ。使用済み核燃料を冷却するのに10年以上、低温安定状態になったところでガラス固化し、さらに40〜50年の冷温貯蔵される。もちろんその間ずっと危険な放射線を出し続けるので、厳密に管理し続けなければならない。また、ガラス固化は日本では出来ず、フランスに送って処理してもらっている。ガラス固化体は最終的には地下300m以深に埋設することになっているが原発が始まって40年余、まだ埋設処理は始まっていない。今どうなっているかというと、40年分の使用済み核燃料があるものはそのまま、またあるものはガラス固化体として、各原発に保管されている。今、日本中に核のゴミが溢れかえっているといっても過言ではないのだ。

一番おかしいのは、電力会社は核のゴミの最終分に責任を持たないこと。処分費用を払って国に引き取ってもらったらその後の管理費用は国の財政で処理しなければならない。莫大な利益を上げ、311以降も社長の退職金の額などで世間を賑わせた東電だが「飛散した放射性物質は東電の所有物ではない」と主張し、実際にゴルフ場の除染費用を東電に請求した裁判でゴルフ場の請求が棄却された背景には、国策として原子力発電をすすめてきたので最終的な責任は国が持つという考え方にたってきたことに由来する。

他にも書きだせばきりがないけれど、原子力発電は問題だらけなのだ。いい加減で原子力発電やめませんか。

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