2010年12月23日木曜日

仲間との忘年会

 今日は、K病院のM事務長、K企画のO田専務、うちのO事務長、それに元県連事務局長のM戸さんの5人で、てのひらで忘年会。Mさんの海外旅行ねたで大いに盛り上がり、途中からは、「O県連の現状を憂う」発言が続く。
 特にM事務長は、「M戸さんがTを後継者に指名したのが間違いだ!」と主張。M戸さんは「法人からの要請でやむなくあんたを戻すことにしたんだ。お前も了解済みだったんだろう。」と反論したが、M事務長は「僕は県連に残りたかったんです。当時のS院長にもそのことは伝えてあったんですよ。歯科のI先生を全国理事に出すにあたって、僕に歯科をまとめろという判断だったんだけれど、僕は、県連に残りたかったんです。僕だったらTのように県連の権威を失墜させるようなことはなかったですよ。」と手厳しい。終いにはM戸さんも「わしが悪かった。」と認めざるを得ない有様だ。

 M戸さんも、Tさんの能力を買っていたわけではなく、だからこそ、事務局次長に僕を配置したのだけれど、今年5月の総会の前に、K法人のK専務、O法人のK専務に呼ばれて、「Tがバンザイしてしまったんよ。君や、K下が下にいたのではやれないといっているんだけれど、お前がおりとけ。」とK法人の専務に言われ、そうまでしてT事務局長のために、事務局にとどまりフォローしてやる謂れもないので、言われるままに事務局次長をおりたのだった。その後の県連理事会の状況を見れば、Tさんを事務局長にすえたことの間違いがあらゆるところに噴出している。
 僕が見る限り・・・
①Oさんが流産したのをきっかけにメンタルで出勤できなくなったとき、メンタルが出たら他の職員をフォローしなければならないにもかかわらず、Oさんを気遣うけれど他の職員のフォローはまったくできず、結果、スタッフのTさんがメンタルで長期休業することになった。いかに、職場が見えていないかということだ。
②理事会運営を改善するため、常駐理事の会議を週1回開くといっていたけれど、ほとんど開かれていない。僕は、全国理事を引き受けるなら、自分は事務局次長となって、事務局長は別の人を据えたほうが良いといったのに、全国理事を引き受け、ブロックの責任者をやらざるをえなくなり、結果、外出ばかりで中のことがほとんどおろそかになっているのだ。そういうときこそ、常駐理事の会議を開き、事務局運営を分担しあわないと回るはずがない。それができないから、O、Tと相次ぐメンタルでの休職者を出してしまったのに、そのことには全く責任がないかのような立ち回り姿を見ていると虫唾が走るのだ。
③常駐の次長を置くことを約束したにもかかわらず、実現できなかった。非常勤の次長の専門学校のS事務長は任期半ばでFさんに交代して法人に帰ってしまった。もう一人のK歯科本部のS事務局長は、歯科本部の業務を持ちながら全国の歯科委員もしており、事務局次長としての動きは全くできていない。その結果、T事務局長の独裁体制が築かれたかに見えるが、実態は砂上の楼閣である。そのことを自覚していないので、自分が権力を握った錯覚に陥っているというのが大方の見方である。
④理事会運営でもすでにO田会長から愛想をつかされ、改善命令が出ているにもかかわらず、何をどう改善しなければならないのか全くイメージできず、理事の参加も惨憺たる状況が続いている。

 まあ、そんな話をしながら飲むのも酒が不味くなるので、僕のほうからは発言は差し控えた。でも、みんな県連の現状をよく見ているなぁというのが僕の印象ではある。

 二次会は花小路。M事務長、M戸さんと3人でタクシーをひろって帰宅。

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