2008年8月15日

不許葷酒入山門(くんしゅさんもんにいるをゆさず)

 禅寺の門の脇の戒壇石に刻まれる句で、「不許葷肉入山門」と書かれていることもある。「清浄な寺門の中に修行を妨げ、心を乱す不浄な葷酒(肉)を持ち込み、また、それらを口にした者が山門に立ち入ることは許されない。」の意。葷酒の葷(くん)は、臭い野菜、辛い味のする野菜のことで、多くの場合、陰陽思想に基づく五葷=「ネギ・ラッキョウ・ニンニク・アサツキ・ニラ」をさし、仏教においては、殺生につながる肉や、葷と呼ばれる臭い野菜類を食べることがさけられていた。ということで、それらのものを食した者は修行の場にふさわしくないので山門から中に入るな、ということである。
 酒を愛し、日々これを嗜み、葱、大蒜、韮、浅葱、ラッキョウなどの臭い野菜が大好きの僕は、どうやら禅寺の山門をくぐってはいけなかったようだ。ごめんなさい。
 しかし、このルールにも例外があり、三種の浄肉という。これは、僧が托鉢の際、自らが戒律中五戒の不殺生戒を犯さない布施の場合は肉食しても良いというもの。その条件は、見聞知といい、次の通り。
・殺されるところを見ていない。
・自分に供するために殺したと聞いていない。
・自分に供するために殺したと知らない。 

 托鉢は、他人の余り物を物乞いして食するという意味であり、それが肉であっても間接殺にはならないので食べてもよろしいということである。また、肉しか提供できない者からの布施を拒むことは、善行をつむ機会を奪うことになるので、布施された食物は選り好みせず、ありがたく受け取りなさいということでもある。
 ただし、部派仏教の律では、十種肉禁(人間、アジアゾウ、馬、犬、ヘビ、インドライオン、ベンガルトラ、ヒョウ、クマ、シマハイエナ)として、食べてはならないものがあった。これらの動物の肉を食することで、その匂いが体に移り、これらの動物から身の危険にさらされるからであるとされている。

 世界の宗教にはこれと同じような例がいくつも存在している。
◆ユダヤ教
 その聖典である聖書によって、「食べることのできる物」と「食べることのできない物」が規定されており、豚の肉は悪魔と同等にして忌むべきものである。寄生虫を持つ豚の肉を十分に加熱するための薪や燃料の調達が困難であり、加熱不十分なまま豚肉を食し健康を害し、あるいは死に至るなどの経験がその原点にあるといわれている。
◆キリスト教
 ユダヤ教にルーツを持つキリスト教も豚肉を制限する傾向がある。
◆イスラム教
 ハラール(halal 許された)とハラーム(haram 禁止された)の考え方により、食べてはならない物が定められている。イスラムの正式な屠殺方法で殺された肉以外はハラームに該当し、食べてはならない。豚や肉食動物は無条件でハラームとされている。特に豚はユダヤ教と同様悪魔の化身に扱われている。
◆ヒンズー教
 牛を聖別するため、牛肉食に関する制限がある。

 食文化を考える場合、宗教による影響が大きいといえそうである。

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